家庭優先

東京に居る時は感じなかったこと

どこのお父さんも

とても家庭的だということ

仕事より家庭を優先 

そしておばあちゃん、おじいちゃんも

孫育てに熱心である

こちらに来て息子が車の免許を取った時

友達はみんな親か、おじいちゃん達に

車を買ってもらう、教習所代もはらってくれる、

と話していた

ビックリぽんでした

いやいや自分でバイトして買うんでしょ、とウチは普通にその話題スルーしましたが。

 

孫が熱だしたから休む、なんて当たり前

女房が熱だしたから早退

運動会やら学芸会、PTAの集まり、塾の送り迎え

仕事より優先で生活してる

すごいわ

1週間に1回位しか夕飯を一緒に食べれない都会のお父さんたちと

何でこんなに違うんだろう

別人種?

車社会だから夜の付き合いも少ない

飲むのはもっぱらお家でたまに予定を入れて飲みに行って

代行で帰るか、奥様がお迎えに来る

飲み屋に奥様が迎えに来るなんてビックリぽん

孫や子供がうちを建てるなんて時は

おじいちゃん達頭金をポンと出すの当たり前

こんなんじゃやっぱオレオレ詐欺

引っかかるよね

当たり前なんだもん

、、、ちょっと独り言

 

夜勤中

17時間の夜勤です

束の間の静けさ

仮眠なく明日の9時半まで誰も息を引き取らず

転倒もなく

無事に終えることを祈りながら

夜を過ごします

日中どんなに大人しく手のかからないお年寄りでも

夜は違います

男性の高齢者は孤独です

女性の高齢者はすぐに社会ができます

そしてその小さな社会でさえ揉め事は出てきます

原因は、認知症だったり、感情喪失だったり、

様々ですがマニュアル通りの対応なんて通じません

その辺に放便、放尿しても怒ってはダメです

ここは原っぱじゃないよー、ここは電信柱じゃないよーと言いながら片付けます

そして廊下を何周も車椅子でぐるぐる回っている方もいます

止めてはダメです

疲れるのを待つしかないんです

無事今夜が終わることを祈ります

断捨離無理

引っ越しました

東京にいた時は引っ越し魔で

2年に1回は引っ越しをし、早いと1年で引っ越しをする引っ越し貧乏でした

何故そんなに落ち着かないのか

遊牧民族なんだろう、前世は、何で思ってましたが

群馬に移り住んで

10年旦那さんの実家に住みました

築60年くらいでしょうか

そこからの引っ越しは

断捨離の極みであります

生前の義母、義父のものを大切にしてきた感に脱帽

東京のマンション暮らしだった私には

この一軒家の収納の多さ、扉を開けると箱、箱を開けると又、箱、そして又、箱、、、、

箱でさえそーなんですから開かずの扉を開けるのも怖く、襖さえも開けられない、、

でも旦那さんの実家です、歴史があります

私があれ捨て、これ捨て、はちょっとできないかな

主人も物持ちのいい人で、一年開けなかった引き出しの中身を私がごそっと捨てた時には

ゴミ捨て場から袋ごと拾って選別してます

実家の売買はまだですが

日毎仕事帰りに寄っては

また少しずつ荷物を積んで持ち帰る主人ですが、

この新しい家も

なんだか物が増えてきて

断捨離はこの人には無理かな、と諦めの境地

服を一袋分捨てた!と自慢顔

褒めてもらいたいような顔でこちらを見ます

まだ1ヶ月経ちませんが

3ヶ月後のうちの中を想像しています🤭

サラリーマンって難しい

他の方のブログを読んでいて

ふと思いました

私はずっと自営でお勤めをした事がなく

今50にして四年目のお勤め経験をしています

サラリーマンは気楽でいいな、毎月決まったお金が入ってきて、、、なんて思ってはいましたが

サラリーマンほど難しいものはないと痛感しています

自分がこの方がいいだろうと思うことより

上司の言う事を文句も言わず従うこと、疑問を持たないこと、がサラリーマンを長く続けるコツなんです

あなたの言うことは理想論だとよく言われますが

理想と現実は違うなんて事

平気で言えてしまうのです

でも何より難しいのは

そんな自分の意見を胸にしまって目の前の仕事をこなす事が

やはり自分はサラリーマンに向いてないんじゃないかと行き詰まってしまう事ですね

お役所にお勤めの方凄いです

右ならえです

良心なんていらないんです

ある程度お金を残すことができるまでになり

サラリーマンの道を選んだのですが

(今の業界に惹かれて)

あなたの常識と会社の常識は違うと言われ

でも会社の理念は

優しさと思いやり、なんて

はぁー?っと思ってしまいます

でも普通ってことが1番難しい

平凡ってことが1番難しい

東京にいた時は、平凡じゃやっていけなかったから

新しい試みを常に提案し、旧来のやり方を変えていく、良いものは残していく

その判断は自分でなく

会社なんですよね

まるっきり

欅坂の  黒い羊   です

 

 

学歴とモチベーション

学歴がなく早くに社会に出た大人は必死で働いた

どんなに成功し、富を得ても

自分の子供には

学歴を求める

学歴の必要性を語る

学歴がなくても頑張れる、なんて言わない

自分の苦労をさせたくない、学歴があったらもっもっと成功したと思っているのだろうか

なかったからこそ、ガムシャラに働き、知恵を絞り、社会で勉強してきたはずなのに

ハングリーさがない日本

スポーツがその典型

モチベーションというエネルギーが生まれにくくなっている

一概には言えないが

高学歴の人の中には、雑草の如く夢を追いかける息子や娘に甘い

自分が窮屈に知識の中で生きてきたからこそ

隣のちょっと不良に憧れるような憧れがあるのかもしれない 

 

誰もが心のない大人になってほしいなんて思ってない

富や成功おさめても、親を見向きもしない子供になってほしいなんて思ってない

倒れている人の横を平気で通り過ぎる大人になってほしいなんて思ってない

だから、、、、

貧しさの連鎖を断ち切るには学問しかないと言うけれど

心の貧しさは知識じゃ埋められない

知恵が生まれない、何故なら

モチベーションが生まれにくい世の中だから

未来が見えてこないのだろう

 

介護士とは。

介護を職業に選ぶ人にも    様々な思いがある

利用者に対しての虐待、介護者に対しての虐待、

それが議論となり

新しいルールが出来ていく

特養待ちや、老健待ちの利用者が多くなっている

デイサービスや、ショートステイでは重度者が増え

レクリエーションは中々できなくなっている

しかし職員は

退屈な日常に何かと催しを考えるが

それがけして利用者の満足度とは相半している

そんなことよりもボーッとしていたい、

疲れるだけと、施設と利用者に温度差がある

立ち上がり転倒するから薬を勧める

転倒すれば寝たきりなってしまい利用者が可哀想

いやいや、立ち上がる機能があるなら薬よりリハビリメニューをたて活かしていこう、など意見が分かれる

でも我々現場では家族が依頼者で、家族が特養を望んでいるならこれ以上良くなっても仕方がない

介護度3が2になったら家族が困る

そんな判断が当たり前となっている

では何故私達は介護士になったんだろう

国が決めた机上の法律と現場で働く介護士の倫理にますます開きが出てくる

だろう

同時にこの仕事を選んだ時の初心を置き忘れ

離職を選び、又はロボットのようにマニュアルをこなすだけの介護士になるしかないのだろうか